物質と精神をつなぐ空間思考を育てる【書籍レビュー】『シュタイナー思想とヌーソロジー』

こんにちは、YURIA Leeです。

数年ぶりに、「凄い本を読んだ・・・」
と心底から敬服して、ぐぬぬぬ唸ってしまう
ような、何とも深遠な読書体験をしました。

(※表紙画像はAmazonページから転載させていただきました)

約750ページに及ぶこちらの
分厚い書籍のタイトルは、

『シュタイナー思想とヌーソロジー
物質と精神をつなぐ思考を求めて』

半田広宣さん、福田秀樹さん、大野章さん
の御三方による共著です。

★Amazonの書籍紹介ページはこちら

単純に「本を読んだ」というよりも、
文字を追いつつ、内的宇宙を体験した。

大袈裟じゃなく、そんな感覚に近くて、
この思いを一体どう表現したものかと…。

途中、物理学の基礎知識が皆無の私には
難解すぎて理解できていない箇所が
少しどころか多々残っているものの、
(分からない箇所の付箋だらけです)

それでもこの今の私の状態から、
何とか言葉を紡いでみることにします。

まず何より、これだけの内容をまとめて
出版してくださった方々の全ての労力に、
深い敬意と感謝を感じずにはいられません。

読後の感想を、
何かひと言で表すとするならば、

<命への畏敬>

もう本当に、この言葉に尽きます・・・。

ここで生きていること。
命の森羅万象。

体験している全てが、ここに在ること。

ありきたりな言葉にしか出来ないことが、
もどかしいのですが。

この感動よ、どうか伝われ~~~!!

何について書かれてある本なのですか?

と聞かれたら、

「人間とは何か?」

「物=物質とは何か?」

「死とは何か?」

「あなたはどこからものを見ているか?」

こういった、
存在の本質に迫る問いに対して、

現代生命科学、古代思想、哲学、
物理学、数学、量子論、
形而上学、霊学、神秘学、幾何学など、
あらゆる角度から広く知の考察を重ね、

さらにそこから圧巻のスケールで、
全く新しい視点からのものの見方、
思考体系を紹介されている本です。

20世紀前半に活躍したドイツ人思想家
ルドルフ・シュタイナーが提唱した
『人智学』と彼の思想全般と、

半田広宣さんが提唱された『ヌーソロジー』
という2つの異なるアプローチを、
様々な角度から重ね合わせて、その違いや
共通点などを検証されています。

ヌーソロジーとは、物質と精神をつなぐ
イデア論、もしくは空間認識の宇宙論。

視点が「新しい」という意味は、
従来の宗教やスピリチュアリズムや、
はたまた科学至上主義的な主張とも違う、
科学と哲学が統合された観点からの
「新しさ」があるという意味なんです。

科学とスピリチュアリズムは統合し得る。
というより、従来の「言葉の定義」が変わる
捉え方も刷新されていく、そう感じました。

思考の現場「考える作業」
を形造る大前提を揺さぶる

「自分=わたし」は誰で、
「他者=あなた」とは何か?

こんなことを、小さい頃からずっと、
漠然と、しかしずっと考えていました。

「目の前に在るこの物質や、この肉体は、
何でできているんだろう?」

「素粒子って何?」

「空間って何?」

「じゃあ時間は?」

「『見る』とはつまりどういうこと?」

「宇宙とは何か?」

「で、いま私は何をすればいいのか?」

こういった疑問を何かひとつでも、
じっくり考えたことがある方であれば、
既存の思い込みや観念、常識が何かしら
くるっと回転したり、反転するような
面白い体験を得るかも知れない。

科学的思考だけが真実を語れると
信じて疑わない人にも、
逆に「見えないこと・触れないこと」は
信仰やスピリチュアリズムの世界観に任せる
しかない、と思考を放棄している人にも、

そのどちらでもない、どこにも無かった
新鮮な視点から「今一度、考えてみること」
その可能性を拓いてくれる本でした。

というのも、この本には、
シュタイナー思想とヌーソロジーの紹介が
深々と展開されつつも、それら思考体系を
「これが正しいから信じろよ」と読者に
押し付けるような姿勢は一切ありません。

むしろ私たち自身が、自分で考えるしかない
その、ひとりひとりのものの見方、
「何をどう感じ、どう考えるか」という
知覚と思考の在り方そのものについて、
根底から揺さぶりをかけてくる本でした。

言い換えると、何か対象があって、
その対象の真偽を思考・考察することが
メインの目的なのではなくて、

何も対象が無いところから「ものを考える」
考える作業そのものの根底を造る大前提
私たちのこの「思考の現場」に、
一石も二石も投じている本だということ。

国籍も性別も名前も持たない
『わたし』空間から見る世界

自分が生まれてから覚えている、
一番最初の記憶は何ですか?

私の一番最初の記憶は多分、
まだ歩けない赤ちゃんの頃でしょうか。

ポカポカとお日様が暖かい日、
おむつを外されて解放状態で(笑)
窓際の日がよく照った場所で日光浴を
させてもらっていたのだと思います。

その時、下半身だけにポカポカと日が当たり
「気持ちがいいなぁ」と思いながら・・・
仰向けで寝っ転がっている私の顔を、
母がニコニコ微笑みながら覗き込んでいる、
そんな優しい記憶です。

母や大人たちから「見つめられる」視線。
そして声をかけられ、触れられる。
そんな接触を介してはじめて私たちは、
「ここにわたしが居る」という
自我を発見するのだと思います。

自分以外の誰か「他人から見られること」
によって発生している全てとは、
自分の名前や、国籍や、出身地や、性別。

どこの学校へ通い、どんな職業に就き。

父親であったり、母親であったり。

他者がいるからこそ、
定義づけられてきた自分の肩書きは、
「社会的個としての私」とも言えますね。

他者が存在していない世界なら、
「名前」すら必要ないわけですし。

その一方で、たとえ誰に見られることが
なかったとしても、絶対的に、
「ここに私が存在している」と知っている
「精神的個としての私」も確かに居ます。

それは、そっと目を閉じたときや、
自分の内的感覚に集中したときに、
生まれてからずっと、自分の中で
ずーーーっとずっと連続して続いている、
この「わたし」という感覚。

これを読んでくださっているあなたの中にも
ずっと途切れることなく続いているであろう
その「わたしの内側」という持続感覚です。

「そこ」には、ついさっきの出来事も、
先週の出来事も、20年前の記憶も、
同じ空間に存在していることが分かります。

「そこ」には時間が流れていない。
「時間が空間化している」場所。

「そこ」は、「あなたが見ること」
によってのみ成り立っている場所ですよね。

たとえ、あなたの名前が変わろうが、
性別が変わろうが、国籍が変わろうが。

もっと言えば、名前すら失ったとしても。

何ものにも定義されることがない、
「わたし」という内在空間。

そこに在り続ける、命。

その内的奥行き空間から世界を見ること。

それは、いわゆる「目で見る」とは
決定的に違うけれど、何が違うのだろう?

そんなことを根掘り葉掘り、
マニアックに掘り下げる幾何学思考の旅。

途中、物理学と数学の公式の羅列に
くらくらと眩暈がしながらも・・・
何とか最後までかじりつきました。

本書には、感覚や感性にのみ訴える
いわゆる従来のスピ的な説伏は
全くといっていいほどありません。

そのため思考よりも感性を重視しがちな
『考えるな、感じろ』系の方には、
ちょっと何言ってるか分からないすね・・・
となる可能性は大です(笑)

本書の著者の半田広宣さん曰く、もはや
『感じろ、そして、考えろ』の時代だと。

それも「どこかに正解がある」と思い込み、
既存の概念をただ受動的に「理解しよう」
と努める受動思考ではなく、

自ら考えるという行動で、概念を創り出す
「能動思考」を働かせる時代。

半田さんが提唱する『ヌーソロジー』は、
創造的思考とか能動的知性を意味する
古代ギリシャの言葉「ヌース Noos」から来ています。

なので本書は、本気で自分で考えたい人、
能動的知性を鍛えたい人にお薦めです。

・・・とか偉そうに言っている私自身、
思っている以上に無自覚で日々、
ゾッとするくらい受動思考していますよ。

考えているようで、考えていない。
思考停止している時、山ほどあります。

それが悪いというのではなくて、問題は、

受動思考に気づかないまま、知らず知らず
何かや誰かの価値観に振り回されること。

すぐに外側に正解を探そうとする癖。

やるよね~(←突然IKKO風)

どう受け止めていいのか分からない
物事に直面したとき、本当はどう感じたか?
を自分でじっくり掘り下げるよりも先に、
「どう感じるのが正解なんだろ?」と
自動反射的に正しさを探しにいく癖。

やるよね~(・・・はぁ)

尤もらしい答えが見つかればホッとして、
スッキリした気になって「腑に落ちた!」とかすぐ言ってるw

自分で考えているつもりで、
それは自分で考えたことになってない!!
その無自覚ぶりに戦慄を覚えるというか、
「こっわ・・・自分!」とよくなります。

物質と精神に境目はあるか?

物質と、意識と、生命と。
この自然界に息づく、ありとあらゆるもの。

どこまでが精神で、どこからが物質か、
明確な線引きができるような境目なんて、ないですよね。

(え、ある?境目あるよ!って人は
教えてください・・・まじで)

職人さんが丹精込めて手で造ったお皿と、
スーパーで売っている工場量生産のお皿。

お母さんが握ってくれたおにぎりと、
知らない人が握ったおにぎり。

特別敏感な人でなくても、私たちは皆、
そのお皿やおにぎりの質の違いが分かる。

材料や見た目がそっくりだったとしても、
触れば分かる、すごいヤツやんw
食べれば分かる、お母さんのじゃん。
となるはずです・・・きっと。

それは、その物質に畳み込まれた精神、
つまり素粒子構造の違いを、
感じ取れているのではないか。

本書には、こんな例えは出てきませんが、
何が言いたいかというと、この本は、

「物質」と「精神」を異なる別のものとせず
「同じものの異なる2つの側面」と見なし、
物質と精神の関係性を解き明かしています。

私はこれまで恥ずかしながら、
ルドルフ・シュタイナーなる人物のことを、
名前しか存じ上げませんでした。

日本では『シュタイナー教育』の名で
知られていることもあり、教育者なのかなと
思われていることが多いと思います。

シュタイナーは教育の分野だけに限らず、
物質世界の背後にある「人間の霊性」を
とことん追求し尽くした偉大な思想家です。

敬意を込めて言いますが、まぁとにかく、
もの凄くぶっ飛んだ人物であったことは
間違いないと思います。

彼が生前にみていた世界観が壮大すぎて、
ほぼついて行けなくなるレベルですがw

「なぜ自分は今ここで、生きているのか」
ってなことを一度でも考えたことがあれば、

シュタイナーの思想に触れることで、
彼が生涯をかけて伝えていたことの意味と
「人類の一員である自分」の本当の実感
というものが、自分だけの持続空間から
立ち昇ってくるかも知れません。

それは決して、我々は人類の一員なんだから
「こう生きるべきだ!」なんていう欺瞞に
満ちた発想や押しつけではなく。

「自分のいのち」に本気で向き合ったとき、
この命の火=霊(ヒ)が一体どうやって
ここに在るのか、考えるのは自然なことで。

宇宙創造の神秘を解き明かすことは、
ワクワクしませんか?

私はします(笑)

こういう話が、何故もっと学校や大学などの
教育の現場で頻繁にされないのか?
はいはい宗教、はいはいスピリチュアルで
片付けられるのか?疑問に思ってましたが、

本書を読んだ今なら何となく分かります。

大人も正直、考えても分からなかったから。
子どもに聞かれても、答えられないし、
太陽系の惑星はこうでねーとか、
138億年前にビッグバンがあってねーとか
ダーウィンの進化論がねーとか、
地球史の中で、理にかなって答えられそうな
学説を教えるしかなかったんですよね。
自分だってよく分かっていないから。

だけど、私は子どもと一緒に考えたい。

お母さんが握ってくれたおにぎりと、
知らない人が握ったおにぎりは、
材料も見た目も同じでも、何が違うのか?

顕微鏡で見ても、何から何まで全部同じ。
でも確実に違いは分かる。何が違うのか?

皆さんは、どう思いますか?

母エキスでしょ、とか、
ぜったい味が違うでしょ、とか
色々あるかも知れません。

愛情が入ってるから?という解釈を
きっと多くの人が受け入れるとしたら、

「愛情が入っている」ということを
私たちはどうやって知覚できているのか。

知覚器官は、脳だけではありません。

ここに、私たち人間の「認識の仕組み」と
物質と精神の関係性を解き明かすヒントが
わんさか詰まっている、そんな気がしてならないのです。

かといって、本書に絶対的真実や、
正解めいたものが書かれているわけでもないと思います。

どこにも正解も真実もないからこそ、
私たちは自分なりの思考で、
自分なりの世界観を創っていくのだし、

子どもも子どもなりに、
自分の感性と思考で、これから
彼の世界観を創っていくのでしょう。

できるだけ広く、柔らかく、
考えられる場所を一緒につくっていきたい。

その意味で、本書がすばらしいところは、
著者の半田さん、福田さん、大野さん
それぞれの専門分野からの講演内容や、
3人の鼎談内容が展開される構成の中で、
ときに意見が合わない部分もありながら、
それぞれの立場から本気で議論されている点です。

どっちが正しいではなく、一緒に考える。
もうそれはそれは考えに考えまくる!
その本気度と情熱に、私も胸が熱くなりました。

本書のレビューについて話し始めたら、
このまま話が延々と終わりそうにないので
・・・今回はこの辺で!

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

1984年、愛知県生まれ。シンガポール在住9年。宇宙意識研究家、スピリチュアルライトワーカー。ひとりひとりが自分の本質へと還る旅を応援するサロン『Art of Life Script 』代表。個人コンサルテーションを通して、人がそれぞれの魂の圧倒的なユニークさと創造性に目醒め、宇宙全体の調和とともに生きるサポートをしている。とくに銀河系内プレアデス星団とのつながりを強くもつ、ライトランゲージ(光の言語)の話者でもある。タロット・アカデミアレベル1修了プラクティショナー。非言語身体表現に情熱をもち、5リズム、コンタクト・インプロヴィゼーション、バレエ等を踊る。シンガポール人の夫と一人息子と3人で暮らしている。